の足どりは軽かった。

それはようやく何日も降り続いた雨が止み、久しぶりに青空の下を歩いたからなのか。 少し湿った空気を吸ってはわくわくした心地だった。
12月はじめの空気は、もう冬の始まりの匂い。

きっとここ数日間、湿った厚い雲を恨めしそうにみつめていたのであろう人々が、今日はここぞとばかりに 店々で賑わいを見せていた。昼の活気は徐々に薄れてきたが、多くの店が店じまいを始める頃になると、 今度はあちこちのパブから笑い声が。
その道の真ん中で、はすでにいっぱいになった紙袋を両腕に抱え ていた。ここ数日買いそびれてしまっていたパン、散々迷って選んだ果物、余るほどの毛糸玉。
それから一目惚れして買った柊の苗木が、混雑した腕の中で危なっかしくのっかている。


ずりおちそうになる荷物を何度も抱え直しながら、いつもより混み合った帰り道を歩く。
今年は何を編もう。冷蔵庫にはなにが残っていたかしら。
は弾む気持ちで足速になるのを抑えながら考える。


そんな矢先だった。


突然すれ違い様に肩がぶつかった。と同時に背中から鈍いガシャンいう音がする。ははっとして振り向くと、滑り落ちた鉢が砕けてしまったのに気がついた。土は地面に散って、間から根っこが見えてしまっている。
は急いでしゃがむと、ひやひやしながら手でつまみあげた。
悪い予感通り、苗木は真ん中からぽっきりと折れてしまっていた。


「…ああ…」

突然のことに唖然とする。事態をやっとのことで飲み込むと、しゅんと肩を落とした。

うっすらとピンク色の実をつけた柊。どうせ一目惚れの衝動買いだけど、みつけたときはなんだか…運命のようなものまで感じていたのに。
花屋にいたときの感動を思い出しながらため息を一つ、なんとなく折れた茎を真っ直ぐにしてみる。
やっぱりくっつかない。




「わ!申し訳ない、」

ふっと目を上げると、慌てた様子の男の人がしゃがんできた。
…きっとぶつかってしまった人だわ。
着ているツイードのスーツは少しだけくたびれて、鳶色の髪は夕日できらきらと透き通った光を放ってる。
どこか不思議な空気を感じる人。でも、すぐに優しい人なんだろうなと思った。



「大丈夫ですか、それは…」
彼はが手にしていたものに目をやると心配そうに言った。
「…あ、えっと…」

大丈夫、と言いたかったところだが、残念ながらそうではないのは彼の目にも明らかで。おずおずと
折れた苗木を持ち上げると、ぽろりと一つ、赤い実が落ちた。

「ああ、本当に申し訳ない…駄目にしてしまって、」
謝る男には慌てて言う。
「あ、いえ、いいんです!私、荷物がいっぱいで…ちゃんと持ってなかったんです、」
は恥ずかしいくらいに買い込んだ紙袋へ目をやって苦笑いした。
「それに…久しぶりのお天気だから、ちょっと浮き足立っちゃったのかも」
はにかんで言うと、男もを見て少しだけ目を細めた。
「でも…同じものを買い直しますので」
「ううん、いいんです、本当に…お気になさらないでください」

はやわらかく微笑むと、手の中の無残な苗木をどこか見えないところへ仕舞おうと思った。かばんのなかを急いで掻き回し雑紙を引っ張り出すと、 鉢のかけらをかき集めて苗木と一緒にくるんだ。
男はその間も心配そうにを見つめる。
そんな彼の様子には次第に苗木のことはどうでもよくなってきていた。


「花屋へ探しにいきますよ」
「そんな、本当に平気ですから」
「でもせっかくの柊が、」
「ううん、見つけたついでだったんです、もう踏ん切りがついたわ」


再び微笑むに男はまだ納得がいかず困った様子だった。紙袋を抱え直すとゆっくりと立ち上がる。


「じゃあこうしよう」
男も立ち上がるとに向き直った。優しい瞳に夕日にが映る。
「これはお詫びじゃなくてプレゼントだ。クリスマスプレゼントとして、同じものを差し上げましょう」

ふわりと笑う男にも参ってしまった。なんだか温かい気持ちになっても自然に笑い返した。

「…ええ、いいわ。」
の言葉を聞いて男はほっとしたようだった。

「よし、それじゃ花屋さんはどこかな?あいにくこのへんには詳しくなくてね」
彼はの紙袋を一つ抱え上げると嬉しそうに睫毛をゆらした。






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