それから毎日が飛ぶように過ぎていった。
リーマスはたびたびの本屋に行き、や叔父さんと本を手にとって眺めたり、いつものようにお茶をして帰ったりした。いつもお店に来る常連さんともおしゃべりをして仲良くなったし、たまに小 さな子供が来れば一緒に本を読んであげたりもした。そうして遅くなると、叔父さんやの家で食事をすることも多くなった。


季節はすっかり冬のいろ。家々は鮮やかな赤や緑で飾られ、賑やかな通りではクリスマスキャロル がどこからともなく聞こえてきた。あと数日してやってくるクリスマスを、人々はいまかいまかと待っている。

今晩もリーマスは本屋にいた。店はさきほど閉めたばかりで、叔父さんと少し後かたづけを手伝っていた。
しばらくして奥にいたが着替えて出てきた。厚手のコートまで着ている。


「これからちょっと買い出しに行かないと…。ルーピンさんも、良ければ今日食事していってください」
「ああ、いつもありがとう」
リーマスが言うと、は照れたようにううんと首を振った。
「えっと、ちょっとそこの通りまで行って来るんですけど…、一緒に来ます…?」
は顔色をうかがうように聞くのでリーマスは微笑んで言った。「もちろん」


「叔父さんは?一緒に来る?」
が振り向いて声をかけたが、叔父さんはカウンターへ腰を下ろして眉を上げた。
「いいや…電話をしなくちゃいけないところがあったのを忘れとった。ふたりで行って来なさい」
叔父さんはそう言ってふたりにウィンクをした。その目は楽しげに光っている。

は困ったように笑って鞄を肩にかけ直した。リーマスが小さく、行きましょうか、と言うとは頷いて店の扉を開く。
カランと気持ちのいい音がして、扉が後ろで閉まった。



* * *




買い出しを済ませて店に戻るころにはもう真っ暗だった。色とりどりの光が街を昼間のように明るくしていた。
の腕の中にはまたいっぱいになった紙袋が揺れていた。でも、今回は自分もひとつ持っているか ら前みたいなことが起こる心配はない。ふと、ふたりが出会ったときの光景を思い出してちょっとふきだす。は不思議そうに首を傾げたが、なんとなく考えていたことがわかると、顔を赤くして怒ったように頬をふくらませた。

思えばあれが始まりだった。
隣で歩く彼女を見つめながら、リーマスはしみじみと思い返した。

は上からの視線に気が付いて不思議そうにリーマスを見上げる。
ふっと微笑むと、もなにも言わず同じようにふわりと笑い返した。

これまでになく温かい気持ちになって、ふたりは白い息をつきながら星が出始めた夕空の下を歩いていった。



* * *




閉店後のひとけのない店はどこか異様な空気が漂っている。
カウンターに叔父さんはもういなかった。とリーマスは奥のキッチンへ電気のスイッチをつけて 入り、ダイニングテーブルの上に紙袋をどさりと置いた。最近ではもう見慣れた“冷蔵庫”に買い込んだ食材を入れるのを手伝う。
はいくつか野菜を洗って早速キッチンのタイル上で手早く切り始めた。トントンと心地よい音に 聞き入っていると、しばらくしてふとはその手を止めた。思い立ったようにくるりと振り返ると、彼女はタオルで手を拭いて微笑んだ。
「ちょっと待ってて」


そのままぱたぱたと走っていく姿をリーマスは紙袋の中身を仕舞いながら見守る。すべて移し終わった後、リーマスは暖炉の前に膝を突いて火を起こしはじめた。


窓の外から、かすかに人の話し声やキャロルが聞こえてきた。家の中は不思議と静かだ。
そろそろ火が安定してくるとリーマスは一息ついてその様子を眺める。
しだいにパチパチと木材が弾く音がしてくると、火掻き棒を暖炉脇に立てかけようと手を伸ばした――



「…叔父さん…!!!」



叫び声とともにリーマスの手から掻き棒が滑り落ちた。重たい鉄がガラリと大きな音を立てて床に当 たる。耳の中でその余韻がガンガン鳴り響きながら、いつもと様子が違う声質にリーマスは固まって血の気が引いた。
慌てて立ち上がると声のした2階へ急いでのぼる。
段を上がりきると、真正面の扉が開いたままだった。



* * *




1階のトイレと風呂場を覗いてみたが、中は真っ暗だった。自室に戻ったのかなと思って2階へ上が ってみる。見上げると思った通り、叔父さんの部屋の扉から、すきまを通して明かりが床に差し込ん でいた。そのまま階段を上がりきって扉に数度ノックする。返事がないので寝ちゃったのかしらと呆 れて笑った。そのままにしておいても良かったのだが、なんとなく、ドアノブをゆっくり回してみた。「叔父さん?」


声をかけたがやはり返事はない。不思議に思ってドアをもう少しだけ押し開けた。
明るい部屋はカーテンが開けっ放しだった。はもう、と独り言のように言うと、カーテンを閉めに部屋の中へ入っていった。が――



――踏み出した瞬間、はぎょっとした。
数歩進んだところで足が何かに当たってつまずきそうになった。なんだろう、と首を傾げる間もなく急 に床に転がるものが視界に入ると、は驚いて体が固まった。
…え…?



「…叔父さん…!!!」



それが何だかわかると、は大声で叫んでいた。ふるえる膝をがっくりと床につき、叔父さんの腕に 触れた。顔は血の気が引いて真っ青。足や手は力無く横たわっていて、びくとも動かなかった。

「…叔父さん……叔父さん…」

ちょっと揺すってみたが反応は返ってこない。は頭が真っ白になって、なにも言えず口を両手で覆った。肩が勝手にがたがた震え出す。なにがなんだかわからない――


すぐに背後からルーピンさんが入ってきた。倒れて動かない叔父さんの変わり果てた姿を目にした瞬間、ルーピンさんもショックで言葉を失っていた。
ルーピンさんを見て少しだけ思考力を取り戻したは、思い立ったようによろよろと立ちあがり、ベッド脇の机へむりやり急いで脚を進めた。重い黒電話を引き寄せると、受話器を取って番号を打ち始め る。「…き、救急…、おねがいします…」

涙声で受け答えをするうち、わけがわからず本当に涙が出てきた。背後ではルーピンさんがしきりに叔 父さんの肩をさすり声をかけている。しばらくして電話を切ると、どっと不安が押し寄せてきた。再びルーピンさんの横にしゃがんで叔父さんを見る。
…もしかして…もしかして…
手遅れになっちゃったら、どうしよう……



サイレンの音はいっこうに聞こえてこない。
救急車は永久に来ないんじゃないかと思うほど時間がたっているように感じた。ルーピンさんはまだ必死に叔父さんの名前を呼んでいるが、瞼ひとつ動く様子はない。
目の当たりにしている光景が怖くて怖くて、気づいたら絶えきれずに声を上げて泣いていた。



叔父さんにかかっていたルーピンさんはそれに気が付くと、はっとして振り向いた。
透き通った鳶色の瞳で心配そうにを見つめる。

ルーピンさんは顔を覆って泣きじゃくるの肩をそっと腕で包み込むと、やさしく頭をなでた。の冷え切った体にじわじわとルーピンさんの暖かい体温が伝わる。もルーピンさんにゆっくり体をあずけて泣いた。
しばらくそうして待っていたが、ルーピンさんからもだんだんと焦りが感じられてきた。そっと体を離 して見上げる。ルーピンさんは何かを覚悟したような、真剣な瞳をしていた。

、」

言葉に焦りがこもってる。
「…このまま待っていたら、遅すぎてしまうかもしれない、」
はこくりと力無く頷く。ルーピンさんは力のこもった声で言葉を紡いだ。

「病院に行きましょう」
「…へっ…?」

言葉の意味がわからずはとっさに聞き返そうとした。


――が、口を開くか開かないかするうち、突然、視界が真っ白になった。



 


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