隣のリリーは談話室に戻ってきてからというものずっと嬉しそうだった。
私はと言えば、始終「どうしよう」の5文字が流れてばかり。
それからときどき、さっきの女の子の声が脳裏でちらついていた。


星が出始める頃になると、ジェームズたちも戻ってきていつものソファに腰掛けた。
でも思った通り、リーマスはどこにも見あたらない。
きっと今リーマスと一緒にいるであろう、姿知れぬ女の子のことを思い浮かべながらはため息をつく。 うなだれているを見て、ジェームズがまた隣から肘でこづいた。


!リーマスとデートだって?甘党同士、ハニーデュークスなんか行ったら大変なことになるだろうね!」
「…うるさい」


その後、延々とシリウスとめがね人間にからかわれてもしかめっ面で通し続けたけれど、しばらくして耐えかねたは、ジェームズに思い切りクッションを投げつけてから逃げるように談話室から出た。



* * *



寮の外はひんやりと寒い。
はまとっていたローブをきゅっと首元で押さえた。渡り廊下には明かりが必要ないほど夜の光が差し込んでる。
図書館のほうへ足を進めると急に明るさが増してきた。
なんとなくのぞきこむと、いつもよりたくさんの生徒が机で本を読んだり羽ペンを動かしたりしているのが見える。
それに引き込まれるように、はせわしなく動く人と本の間をかき分けて奥へ足を進めた。


あたりを見回して立ち止まると、うしろから人がぶつかってきた。

「おっとごめんね、」
「あれ、リーマス…」

振り返ると、大好きなセーター姿のリーマスが本を抱えていた。
彼はあたりを見渡すと困ったように笑った。

「たぶんみんな天文学のレポートだよ。おかげで参考書は引っ張りだこさ」
小声で言うと抱えていた本を窓ぎわの机にドンと置く。
隣にはまだ書きかけの羊皮紙が広げられていて、きれいな文字が波打っている。
見たところ、今は一人でいるようだった。


「探し物?」
リーマスはその席に座るとに聞いた。
は首を振って、「なんとなく来てみただけ」と小声で答える。
それを聞いてリーマスはにっこりと笑った。
「ここ」
彼は自分と真向かいの席を指さして座るよう促した。
はためらいながら、ゆっくりとそこに腰掛ける。

急に沈黙が訪れ、周りからカリカリと引っ掻く音しか聞こえなくなった。
リーマスはすでに羊皮紙にレポートの続きを書き始めている。
居心地が悪くなったので窓をのぞくと、森を照らすように城から暖かそうな光が漏れていた。
空にはたくさんの星が寒そうに瞬いていて、雲の向こうに大きな月が光を反射している。
目の前にいるリーマスのことを考えると、頭がいっぱいになりそうだった。

また脳内で「どうしよう」の言葉が暴れ出そうとしたとき、なにかが手に当たった。
手元を見ると、目の前にちいさな羊皮紙が置いてあった。



『あした雪降るんだって』



見覚えのある字にはっとして目を上げた。
書いてよこした本人は何事もなかったように本を開いてページをめくっている。
は再び羊皮紙の文字に目を戻した。

“明日”という言葉にどきっとした。
落ち着いてちょっと考えてから、はリーマスのインク壺に浸しっぱなしの羽ペンをそっと手にとった。


『本当?どうりで寒いわけだわ』


羽ペンを戻したあと、羊皮紙を机の上に滑らせる。
しばらくまた窓の外を眺めると羊皮紙が戻ってきた。


はホグズミード行く?』



一瞬にして体が熱くなる。
迷いながらも下に書き足した。


『うん』


精一杯の平然を装って待った。
返事はすぐに来た。

『僕も、冬に備えていろいろ蓄えなきゃ』


“いろいろ”っていうのは、絶対リーマスがいつも食べてる甘いやつのことだ。
思わずははっと笑うと、リーマスが伏せていた目を本から上げてに微笑んだ。
は羽ペンをとったあと、しばらく手を動かさなかった。
遠慮がちにゆっくりと書き始める。



『よかったら、あした


ここまで書いては線でぐしゃぐしゃに消そうかと思った。
心臓がどきどき言って嫌になる。


『よかったら、あした一緒にいかない?』


いっきに書き上げて、もう1度読み直した。

…こ、断られたってべつにいいもの!


ぐいと前にさしだすと、顔をあげたリーマスと目があった。
リーマスは1度羊皮紙の文字に目を落とす。
どきどきしながら見ていると、彼の睫毛がかすかに揺れた気がした。
慌てて顔をそむける。


リーマス、迷惑かもしれない…
自信を失ってくるにつれて不安になった。

やっぱり、私にはできないよ…



「で、でも、無理ならいいの!」


が意を決して言ったら、同時に、声がした。

「いいよ」


「…え?」

かりかりと耳障りな音を飛び越えて聞こえてきた言葉に耳を疑った。
驚いてリーマスを見ると、私の大好きな笑顔。
唖然としていると、リーマスがすでにほとんど文字で埋まってしまった羊皮紙をよこしてきた。


『僕、両手いっぱいになるまで帰らないからね』


リーマスが最後に書き足すと、意地悪っぽく笑った。

もう、窓の外では明日を待つ雪がちらついていた。



   



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