ふと目覚めたら、まだ暗かった。
窓の外では星がうっすら見えるくらい。月は雲に隠れてしまったのか、見えなくなっていた。
さっきまで、ものすごく変な夢を見てた気がする…
まだ心臓がどきどき言っていて落ち着かなかった。
リーマス、
「…うう…だめだー…」
ぎゅっと目をつむって乱暴に寝返りを打つと、目元が隠れるまで毛布を引っ張り上げる。
そのまま数分がたったが、しばらくしてまた目が開いてしまった。
はあ、と一回ため息をつく。
リーマス、ちゃんと戻って来たかな…
毛布をちょっとさげて部屋を見渡す。
椅子にかかったままのローブがうっすら窓の明かりで浮かび上がってた。
リーマスに何かあったらどうしよう…医務室は見に行ったのかな、
この考えではっと目が覚めた。そうよ…医務室しかないじゃない…
がばっと身を起こし、枕元の杖をひっつかんだ。
そのへんのセーターをかぶって上からローブを適当に羽織る。
リリーを起こさないように小声で杖に明かりを灯した。マフラーも巻いた方がいいかな…
できるだけ静かに部屋をすり抜け、ひんやりとした談話室に降りた。
太ったレディも起こさないように、慎重に扉をくぐった。
夜の城は、まるで別世界に感じられた。
それでもためらわず音を立てないように走りだす。
まだ寝ぼけてるんじゃないかと思うくらい、景色も自分の行動さえも非現実的な感覚だった。
* * *
なんだか嫌な夢を見てた…
変な気分で起きてしまったのに、まだ朝の影すら見えない時ほど辛くて不安なものはない。
ものすごく眠いのに、また眠りに落ちるのがこわい。
ため息をつくと、とたんに寒く感じて鳥肌が立った。
きゅっと枕に顔を埋める。
そのとき、ほんのり部屋が明るくなった気がした。
はっとして窓の外を見る。でも満月はすっかり隠れてしまっていたし、日の出にはまだ少し暗かった。
カーテンの向こうから、誰かが部屋に入ってきた気配がする。
「…マ、ダム…?」
かすれる声で言ってみたが返事がない。リーマスはゆっくりと手を伸ばして重たいカーテンを開く。
と、そこには思いもかけない人が立っていた。
* * *
「…?」
「…わ!ごごごめんね…!」
は突然開いたカーテンに驚いてびくりと飛び退いた。
と同時に見つけたのがリーマスだと気づいてひどくほっとする。
やっぱりここだったんだ…
心の中で胸を撫で下ろすが、リーマスの表情にはまだ驚きが見え隠れしていた。
「ど、どうしたの…?」
「あー…えーっと……。な、なんか眠れなくって」
言った瞬間は自分が情けなくなって肩をすぼめた。
「眠れないからって…誰かに見つかったら大変だよ」
リーマスは困ったように、でも至極優しく笑うと、ベッドのそばまで来るよう手招きした。
いつもの、優しいリーマスだ、
がベッド脇の椅子に腰をかける。
リーマスがためらいがちに口を開いた。
「僕がここにいるって知ってた?」
「んー…ううん。ただここにいるんじゃないかなって思って…」
「そっか…」
「えっと…リーマス、具合わるいの…?夕方から見えなかったけど…」
「ううん。平気。…心配かけちゃってごめんね、」
「…あ、ううん!…あの、私は大丈夫…だけど……」
「…けど?」
は一瞬、言おうか言うまいか迷った。
けど、ぐるぐるとした気持ちを思い切りよそへ押しやると、なるだけ普段の調子で言った。
「あー…えっと、リジーがリーマスのこと、探してた、」
むりやり笑顔を作ってみる。
「ああ…そっかリジーね。うん、明日ちゃんと謝っとく、ありがとう。」
「う、ううん!」
しばらくの間、ふたりの間に沈黙が流れた。
「…あ…、あのさ…」
「うん、」
は自分の膝の上を見つめながら、呟くように言った。
「あの…ごめんね、」
「え、え…?…なんのこと?」
「……、」
「…?」
「…グズミード…」
「…え、ホ…ホグズミードのこと?」
はこくりとうなずく。
「私…リーマス誘っちゃったから、」
リーマスは驚いたように目を丸くした。
「…どうして…、僕は一緒に行けてよかったって思ってるよ、」
「…で、でも、」
「リ…リーマスは、リジーと行きたかったんだよね、」
「…え、リジー…?」
リーマスはますます混乱してきていた。
が、その目は困惑しながらも心配そうにを見つめる。
「だ、って……」
「ふたり……、付き合ってるんだよね…?」
…え?
「ちょ…ちょっとまって…」
僕と…リジーが…?
いやいやいや、何かの間違いだ、
もしかしてジェームズ…に何か吹き込んだ?
リーマスはため息をつく。
「…誰から聞いたのか知らないけど…僕たち付き合ってなんかないよ、」
言い終えるとは俯いていた顔をあげた。
「え…?」
は信じられないというように心底驚いた表情をしていた。
「で、でも…ふたり一緒にいるのよく見たよ、」
「ああ…」
リーマスは合点がいくと胸をなでおろした。
「そう…リジーは天文学で一緒なんだ。この1週間は天体観測しなきゃいけなくて。」
リーマスは申し訳なさそうに肩をすくめた。そういうことなんだ、と苦笑いを向けると、はまだ驚きの表情を浮かべたまま、ためらいがちな笑顔をみせた。「そ、そうだったんだ…」
「私、勝手に勘違いしちゃってたんだ…」
「…実はその実習の最後がきのうの夜だったんだ、リジーには悪いことしちゃった」
かわりにレポートはがんばらないと、と肩をすくめて苦笑いを見せる。
もつられて同じ顔をした。
「は…ハッフルパフの人と付き合ってるって?」
しばらくの沈黙の後リーマスは諦めたように苦笑して言った。
は一瞬わけがわからず黙っていたが、それがウィルの話だとわかるとすぐに赤面して飛び退いた。
「えー……!?」
「うううううん、違うの!あれは…よ、よく知らないひと!」
ついこないだ喋ったばっかりで…と顔を真っ赤にして否定するとリーマスも目を丸くした。
「…じゃあ…違うの?」
「うん、違う違う、」
リーマスはなんだ…と心のなかでため息をつくと一気に脱力した。
大きな安堵のため息をつく。
情けなさとおかしさに腹の底から笑い出したい気分になった。
もう考えることもなく、リーマスは次の瞬間には口を開いていた。
「あのさあ、」
「…うん、」
「僕、のことがすき。」
「うん…、ん?…す……、え…?」
医務室内で時が止まったようになった。
は驚きで声一つ、瞬きひとつできずにいた。
じっとリーマスを見つめる顔はみるみる熱くなる。
「そ…、それ…本気?」
リーマスはふ、と笑顔になった。
「本気。」
「そ…そう、なんだ…」
の首はたましいが抜けたようにくらっと傾く。
いままでのぐるぐるした気持ちは、全部ムダだったんだ、
ふわふわした気持ちのまま、はためらいがちに言った。
「わたしも…リーマスのことすき」
言うなり頬がわっと熱くなるのが嫌と言うほどわかった。
ゆっくりゆっくり顔をあげればリーマスの優しい笑顔。
それを見たの目にも、気づいたら同じような幸せ色が漂っていた。
暗かった医務室の窓の外に、突然明るい光が差し込んできた。
いつの間にか、夜が明けていた。