今日、僕がマグルのお金を持っていたのは奇跡だ。

無事花屋から柊を買い、持って出てきたリーマスはほっと一息ついた。後ろの彼女、――――は、親しげに花屋のおじさんに挨拶をすませてからお店をでてきた。相変わらずいっぱいにふくらんだ紙袋を抱え僕にふわりと微笑んだ。慣れない貨幣に 戸惑ってしまったのを、彼女は気づいただろうか…


僕らは彼女の家に行くことにした。気づけば夕空は消えていて、家の明かりが目に温かい。少し歩けば すぐに彼女の家はあった。花屋のある賑やかな街からすぐの通りだ。並びには住宅に紛れて小さな店が 散らばっている。彼女は家の前まで来ると荷物を置き、上着のポケットから鍵をあさりはじめた。 ふと右隣の一軒を見ると、ここにも看板が下がっていた。きれいにペンキが塗られているその看板を 目を細めてよく見る。大きな文字で“SMITH”と書いてあった。

「隣の家ね、」

はもうすでに鍵を探し当てたようだった。ドアノブに手をかけたまま、リーマスと同じ方を見て言う。
「おじさんの家なの」
「…何かのお店ですか」
リーマスが聞くと、はなぜだか嬉しそうに答えた。「本屋よ」


本屋か。
リーマスはもう一度その本屋を眺めた。はそんなリーマスを見て頬笑むと、また荷物を抱え直してドアを肩で押し開けた。
「どうぞ」


ぱちりという音がして部屋に明かりが灯った。はそそくさと中へはいると荷物を大きな机にどさっと置いた。そのまま脇の暖炉の前にしゃがみ込んで、火を起こしはじめる。

…マグルの家だ…
リーマスはしみじみと思った。見た目は魔法界のそれとほとんど変わらないけど、よくよく細かいとこ ろまで目を伸ばすと、見たこともないようなものが散らばっている。

不思議な感覚に包まれたまま、リーマスは呆然とそこに立っていた。



* * *




しばらくして火をおこし終わったは、ちらついた炎を見て満足げに微笑んだ。手を何度かはたいてルーピンさんの方を振り返る。そのとたん、の中で一瞬だけ、時間が止まったように感じた。
視線の先の彼は柊を抱えたまま、じっと天井の明かりを見つめて立っている。はまた、通りで出会ったときと同じように不思議な感覚を覚え首を傾げた。どこか異国から来た人なのかも。そう思ったすぐにそんなわ けはないとまた一人で笑った。


「それは私が置いときますね」
立ち上がったは彼の正面まで小走りで行くと、柊の鉢に触れた。彼ははっとしたようにを見ると、普段のようなふわりとした笑みを浮かべて鉢をに預けた。「ありがとう」
も照れたように微笑みを返す。
「…あ、火おこしたので、どうぞ」
彼はお礼を言うと、の指した暖炉の脇のソファに座った。は思い出したようにキッチンへ走ると、湯を沸かして紅茶を入れはじめた。




それから随分たって男はソファから立ち上がった。窓の外ではもう星がちらついている。
「おいしい紅茶をごちそうさまでした」
「いえ!…その…こちらこそ、」
は照れたように肩をすくめる。彼は穏やかに目を細めて笑った。「また遊びに来ます」

「ええ。今度は本屋で」
「…本屋?」
は頷くと嬉しそうに微笑む。
「私、おじさんのところで働いてるんです」
リーマスは納得すると頷いた。


「それでは機会があれば」


軽く会釈をしてリーマスが去り、ドアを後ろで閉めたはため息をつく。
頭の中はいまさっきまでここにいた彼のことでいっぱいだった。

鳶色の髪の、優しい瞳を持ったルーピンさん。



  


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