それから数日経った天気のいい午後。本屋に来ていたは、店まわりをちょっと掃除してからいつものように叔父さん家の洗濯物を干し終えた。週末のお天気は幸せ。鼻歌をうたいながら店へ戻ると、カ ウンターに座る叔父さんはちらとの方を見てひとり微笑んだ。

叔父さんも今日はなんだかご機嫌そう。
ちょうど側にあった段ボール箱に腰掛けて、自分が編んであげた茶色のベストを着たやさしい叔父さんの背中を眺めた。


…あたしは…まだまだ、叔父さんのことを知らない気がする…


…叔父さんは小さいときからいつもあたしに優しくしてくれた。そんな叔父さんが大好きですっかりお じさんっ子に育って、あたしが知らないことなんてないと思ってたけど…
そんな叔父さんは昔、叔母さんが死んだとき家族が心配するほどふさぎ込んで、まるで人が変わったよ うだったらしい。数年前に別の親戚からこの話を聞いたとき、あたしは叔父さんの一面しか見てなかったんだなって気がついてショックだった。

子供のいない叔父さんはあたしが生まれるまえに叔母さんが死んでから、ずっとひとりで生きてきてる。
でも、今はこうして賑やかな街に本屋さんを開いて、日々お店に来る人にいつも優しい笑顔を振りまいて、そんな面影すらあたしに見せたことがない。
会ったことのない叔母さんは、一体どんな人だったんだろう…



の視線に気が付いたのか、叔父さんは白髪の交じった片眉をきゅっと上げてゆっくり振り向いた。
「おお、…いいところにいるの」
叔父さんは嬉しそうにウィンクをする。
は呆れたように笑うと箱から立ち上がった。これはきっと、頼みごとね。「なに?」

叔父さんは満足そうに頷いてから、かけていた眼鏡を外した。
「新しいほうの老眼鏡が棚にあるはずじゃ…こっちはどうも古いやつでな」
はそれを叔父さんから受け取る。しばらくしげしげと眺めたあと、もとに折り畳んだ。
「ちょっと待ってて」



小走りで奥の階段を駆け上がると、叔父さんの部屋の扉を開いた。正面にあるカーテンの開かれた窓か ら午後の光が差し込み、手前のベッドにあたたかいぬくもりを与えている。見慣れた部屋を見渡してからはベッド脇の棚の前に膝を突いた。
このなかのどこかにあるとは思うけれど、皆目見当が付かない。とりあえず片っ端から取っ手を引いて扉を開く。どこも物だらけでは呆れてもう、と笑った。

ケースのような物が見えて、ははっとしてそこを探しはじめた。中に入っていたメモやら封筒やら がパサパサ落ちてくる。ようやく眼鏡ケースと思われる物を引っ張り出すと、はふうと一息ついた。
開くとまだぴかぴかの眼鏡が入ってる。はそれをまるごと服のポケットに滑り込ませると、床の紙類を集めた。
最終的に棚の扉を閉め、は立ち上がる。
と、ふと床に目をやると、細長い箱が口を開いて落ちていた。


すぐにしゃがみ込んで仕舞おうと、は箱の縁に触れた。すると、中からころんという音とともに、万年筆のようなものがでてきた。


は一瞬ためらったあと、ゆっくりとそれを拾う。質感は木のようだ。
もう少しよく見ようと、ベッドに膝を乗せて窓際でそれを眺めてみる。随分と年期が入っていることくらいしかわからない。


そのまましげしげとそれを眺めていたが、ふと、レース越しに店の外の様子が見えてははっとなった。
店の前に誰かが来てる。急いでレースをどけて下の方を見た。
あのツイードのスーツ…

ルーピンさんだ…

頬がひとりでに緩むのをこらえ、は急いで箱を棚に仕舞った。タンタンと足音を立てながら階段を降り、ポケットから出した物を叔父さんの前に置く。「はいっ」
お礼を言う間もなく、はそのまま店の扉に小走りで行った。通り過ぎたを見て、おやおやと叔父さんは少し驚いたように眉を上げる。



心なしちょっとどきどきしていたが、ためらうことなくはドアノブを引いた。
「こんにちは、ルーピンさん」


彼は突然扉が開いたのにびっくりしたようだったが、とわかるとほっとしたように微笑んだ。
「これはどうも。いまお忙しいですか」
「いいえ、全然!」
は満面の笑みで言うとルーピンさんを中へ案内した。
こっち、と声をかけるとカウンターの方へすたすた歩き出す。

「ルーピンさん、これがスミス叔父さん。」

はカウンターわきに来ると、くるりと振り返って机に腰掛けていた叔父さんの肩にとんと触れた。
「叔父さん、ルーピンさんよ」


「おお、これはこれは…噂のルーピンさんじゃな、」
叔父さんは名前を妙に伸ばしながら言うと朗らかな笑顔を見せた。「から聞いとるぞ」
は近くから持ってきた椅子をルーピンさんの前に置いた。彼はそれを見て軽く会釈をしたあとゆっくりと座った。
「どうも、お忙しいところに」
「いいや、かまわんよ。毎日こうしてお客さんとしゃべるのがなにより楽しいんだ」
叔父さんは愉快そうにはっはっと何度か笑った。ルーピンさんもつられて微笑んだ。


「じゃあ私、お茶いれてきますね」
はそう言うと、カウンターの奥のキッチンへ小走りで入っていった。



* * *




リーマスはその落ち着いた雰囲気の本屋をぐるりと眺めた。本棚の中にきれいに収まった本たちを見て、リーマスはまた不思議な気分になった。
マグルの本はびくとも動かない。でも、臭いはホグワーツの図書室といっしょだ。
窓からの明かりもホグワーツと一緒。昔は窓際の席でまどろむのが好きだったな。

「素敵な本屋ですね…」
リーマスが呟くように言うと、叔父さんは目を上げて、じっとリーマスを観察するように見た。
リーマスは叔父さんの視線には気づかずに、なおも窓の外を眺める。午後のお昼時。人通りも多い。

「ここは…本屋になってから20年以上経ってるな…」
叔父さんも部屋の中を見渡しながらゆっくり口を開いた。リーマスはふ、と席を立つと、平積みされた手近な本を一冊手に取る。新しい教科書の臭いがする。
懐かしさに駆られて、ふと微笑んだ。



「君はどこからきたのかね」
叔父さんがカウンターから声をかけた。リーマスははっとして叔父さんの方を見た。
「ロンドンのほうです」
なに食わぬ顔で言う。叔父さんはそれでも満足そうに微笑むと、リーマスをじっと見つめながら、囁くようにしてゆっくり言葉を紡いだ。


「…出会いというのは、本当に…魔法みたいなものだ」


叔父さんは眼鏡越しに目を細めると、再び手元のノートにペンでなにやら書き込みはじめた。
リーマスはわけがわからず、目をぱちくりさせる。返す言葉を探したが、なにも言えないまま叔父さんの言葉を何度か頭の中で往復させた。


魔法


その言葉にかすかにひやっとする。
本から目を離して叔父さんをちらりと見たが、彼は相変わらずペンを走らせていた。
もやもやした心を晴らすように、持っていた本をぱたんと閉じる。するとちょうどがトレーを持って入ってきた。


「どうぞ。」
リーマスはカウンター前の席に戻って腰掛けた。は人数分のマグと茶菓子ののった皿を一つずつ丁寧に置いていくと、自分も手近な木の椅子を持ってくると座った。
「さあ、叔父さんも休憩にしましょ」
叔父さんは眼鏡をはずしてにっこり微笑む。


それからカウンターを囲んで、3人のささやかなお茶会が始まった。



 




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